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東京地方裁判所 平成5年(ワ)6056号 判決 1994年7月19日

原告 ワイエスファイナンス株式会社

右代表者代表取締役 清成精一

右訴訟代理人弁護士 土屋公献

高谷進

花輪弘幸

小林哲也

右訴訟復代理人弁護士 加戸茂樹

被告 株式会社ユーキ

右代表者代表取締役 結城博

被告 結城博

右両名訴訟代理人弁護士 來山守

主文

一  被告らは各自原告に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する平成六年三月一八日から支払済みに至るまで年一四・六パーセントの割合による金員を支払え。

二  原告のその余の主位的請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

四  この判決は第一項及び第三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

1  主位的請求

主文同旨(ただし、遅延損害金の請求は平成四年五月一日から)

2  予備的請求

被告らは各自原告に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する平成四年五月一日から支払済みに至るまで年一四・六パーセントの割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、原告が、主位的に、消費貸借契約に基づき借主及び連帯保証人である被告らに対し、残元金五億円の一部である五〇〇〇万円及びこれに対する弁済期後である平成四年五月一日から支払済みまで約定の年一四・六パーセントの割合による遅延損害金の、予備的に、準消費貸借契約に基づき借主及び連帯保証人である被告らに対し、残元金五億円の一部である五〇〇〇万円及びこれに対する弁済期後である平成四年五月一日から支払済みまで約定の年一四・六パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  前提となる事実(証拠により容易に認定できる事実)

1  原告と、被告株式会社ユーキ(以下「被告会社」という。)とは、平成元年一〇月二〇日、原告を貸主、被告会社を借主(株式投資目的)として左記約定による合意をした(≪証拠省略≫、証人工藤憲弘の証言)。また、同日被告会社及び被告結城博(以下「被告結城」という。)は、右合意に基づく現在及び将来の債務を担保するため有価証券担保約定証書を原告に差し入れた(≪証拠省略≫)。

(一) 貸付額 五億円

(二) 最終弁済期限 平成三年一〇月二〇日

(三) 利率 年七・五パーセント(一年を三六五日とする日割計算)

(四) 利息支払日 借入日及び平成二年一月二〇日以降三か月毎二〇日

(五) 利息支払方法 借入日(第二回目以降は各利息支払日の翌日)から次期利息支払日までの利息前払

(六) 損害金 年一四・六パーセント(一年を三六五日とする日割計算)

(七) 充当指定 弁済金額が全債務を消滅するに足りないときは、原告が適当と認める順序、方法により充当することができる。

2  右1の合意に基づき、原告は被告会社に対し、次のとおり金銭を交付した(以下、右1の合意と併せて「本件貸付契約」という。≪証拠省略≫、証人工藤憲弘の証言)。

(交付日) (交付金額)

(一) 平成元年一〇月二〇日   一三〇〇万円

(二) 平成元年一一月一五日    八〇〇万円

(三) 平成元年一一月二一日 四億七九〇〇万円

3  平成元年一〇月二〇日、被告結城は、原告との間で、右1の合意に基づき、被告会社が原告に対して負担する一切の債務について、連帯保証することを約した(≪証拠省略≫、証人工藤憲弘の証言)。

4  平成三年一〇月二一日、原告と被告らとは、右五億円の貸付金元本の弁済期限を平成四年一月二〇日まで延長する旨の合意をした(≪証拠省略≫、証人工藤憲弘の証言)。

三  争点

1  平成元年一〇月二〇日の合意の効力

(被告らの主張)

平成元年一〇月二〇日の五億円貸付の合意は、貸借の実体のない金銭消費貸借契約であって無効のものである。被告結城は、実体のない無効の金銭消費貸借契約について連帯保証したにすぎない。

(原告の予備的主張)

(一) 仮に、平成元年一〇月二〇日における五億円の貸付が認められないとしても、原告は被告会社に対し、次のとおり金銭を貸し付けた。

(貸付日) (貸付金額)

① 平成元年一〇月二〇日   一三〇〇万円

② 平成元年一一月一五日    八〇〇万円

③ 平成元年一一月二一日 四億七九〇〇万円

(二) 原告と被告会社とは、平成三年一〇月二一日、前項の各金銭消費貸借を一本にまとめて、元金五億円、弁済期平成四年一月二〇日、利率年八・九パーセント(ただし、利率の変更については原告の指示に従う。)、損害金年一四・六パーセントとする準消費貸借契約を締結した。

(三) 平成三年一〇月二一日、被告結城は原告との間で、右の準消費貸借契約に基づき被告会社が原告に対して負担する五億円の債務について、同被告を連帯保証することを約した。

2  貸付金交付の有無

(被告らの主張)

原告の被告会社に対する貸付金は、数回に分けられて被告会社名義の預金口座(以下「本件口座」という。)に預金されているが、本件口座は完全に原告が管理し、被告会社が払戻請求をすることができないものであり、結局原告の被告会社に対する貸付金は、現実に被告会社の支配下に置かれたことはなかったから、貸付金の交付があったとはみられないものである。

3  いわゆる責任限定特約の存否

(被告らの主張)

原告と被告会社とは、平成元年一〇月二〇日までに、被告会社が原告に対して負担する貸付金及び利息債務については、本件口座の預金残高及び原告保管の株券の範囲内でのみ弁済の責を負う旨の合意(以下「責任限定特約」という。)をした。

4  錯誤

(被告らの主張)

仮に、右責任限定特約が認められない場合、被告会社が本件貸付契約を締結したのは、原告らから、被告会社が本件口座の預金残高及び原告保管の株券の限度でしか責任を負わない旨説明を受けたからであり、被告会社の代表者である被告結城はその旨誤信していた。

5  心裡留保

(被告らの主張)

仮に、右責任限定契約が認められない場合、本件貸付契約締結における被告会社の代表者である被告結城の意思表示の真意は、被告会社が本件口座の預金残高及び原告保管の株券の限度でしか責任を負わないというものであり、原告は右真意を知り、又は知り得べきものであった。

6  弁済充当

(被告らの主張)

(一) 被告会社は原告に対し、平成元年一二月二二日、貸金元本五億円につき弁済の提供をしたが、原告はその受領を拒絶したから、右五億円について右提供日以後は利息債権は発生しない。

(二) 原告は被告会社から以下のとおり、合計一億〇五五五万八二四九円の支払を受けているところ、これらは右五億円の元本に充当されるので、残元本は三億九四四四万一七五一円である。

① 平成二年一月一九日   九七二万三二八七円

② 平成二年四月一七日  一一〇九万四五二〇円

③ 平成二年七月九日   一一七一万七八〇八円

④ 平成二年一〇月二二日 一二五九万〇四一〇円

⑤ 平成三年二月一四日   五二五万七五三四円

⑥ 平成三年二月二五日   七三三万二八七六円

⑦ 平成三年五月三一日  一二五九万〇四一〇円

⑧ 平成三年七月三日   一一八四万二四六五円

⑨ 平成三年一二月二六日 一一〇九万四五二〇円

⑩ 平成四年二月四日   一一〇九万四五二〇円

⑪ 平成四年五月六日    一二一万九八九九円

(三) 原告は、担保として保有していた被告会社名義の株式について、担保権を実行して、その売却代金六六七八万一〇〇〇円を取得しているので、貸金残高が右のとおり三億九四四四万一七五一円とすると、平成四年五月一日から同五年一一月七日までの間の遅延損害金は八七七二万三八四五円にすぎず、右売却代金でもって、本訴請求に係る貸金元本内金五〇〇〇万円に対する右期間の遅延損害金一一一二万円の内金八四六万五二五四円が法定充当されたこととなる。また、仮に貸金元本が五億円であったとしても、本訴請求に係る貸金元本内金五〇〇〇万円に対する右期間の遅延損害金一一一二万円の内金六六八万七一〇〇円が法定充当されたこととなる。

(原告の主張)

(一) 原告は、担保株式売却代金合計六六七八万一〇〇〇円及び東京地方裁判所八王子支部平成五年(ナ)第三四八号債権差押命令事件に基づいて第三債務者から取り立てた三二一万四七一七円の合計六九九九万五七一七円について、本件貸付(又は準消費貸借)に基づく貸金元本五億円のうち、本訴請求以外の残余の四億五〇〇〇万円に対する平成四年五月一日から同六年三月一七日まで年一四・六パーセントの割合による遅延損害金一億二〇四二万円(四億五〇〇〇万×〇・一四六×六六九÷三六五=一億二〇四二万)に充当する。

(二) 仮に右充当が許されないとしても、原告は右六九九九万五七一七円を本訴で請求する五〇〇〇万円に対する平成四年五月一日から同六年三月一七日までの遅延損害金一三三八万円(五〇〇〇万×〇・一四六×六六九÷三六五=一三三八万)に充当し、残余の五六六一万五七一七円を残元本四億五〇〇〇万円に対する平成四年五月一日から同六年三月一七日までの遅延損害金一億二〇四二万円の一部に充当する。

第三争点に対する判断

1  争点1及び2について

(一)  先ず、金員交付の有無について検討すると、原告から本件口座にそれぞれ前払利息を控除して、平成元年一〇月二〇日に一二六五万三四二三円、同年一一月一五日に七八九万〇六八三円、同月二一日に四億七三〇九万三六九七円が振り込まれたところ(≪証拠省略≫)、本件口座は被告名義の口座で、その開設も被告会社の意の下になされたものであり、被告会社が終始本件口座の銀行届出印を所持していること、そして結局のところ本件口座にある残高の帰属(預金債権)は被告会社にあるものと認められることから(以上について、≪証拠省略≫、証人工藤憲弘の証言)、本件口座への振込送金は金銭消費貸借契約における金員の交付と認められる(原告が被告会社名義の本件口座にかかる預金通帳を保管していたことは、≪証拠省略≫及び証人工藤憲弘の証言により略式担保の趣旨であったことが明らかである。)。

(二)  平成元年一〇月二〇日の合意について、被告らは貸借の実体のない無効なものと主張するが、前認定のとおり、原告から本件口座に平成元年一〇月二〇日に一二六五万三四二三円、同年一一月一五日に七八九万〇六八三円、同月二一日に四億七三〇九万三六九七円が振り込まれているところ、これは右合意に基づく金員の交付であることは明らかであり(≪証拠省略≫、証人工藤憲弘の証言)、貸借の実体のない無効なものということはできず、右合意と金員交付により有効な金銭消費貸借契約が成立したものとみることができる。ところで、このような場合、右三回の送金が右合意で定められた五億円の貸付の実行としてされたもので借受目的も同一であること、このように三回に分けて振込がされたのは、もともと一括で融資される予定であったが、被告会社の都合で融資実行日が早まったためであること(証人工藤憲弘の証言)、したがって貸付条件も共通であること、振込は右合意日と同日ないし近接した日になされていることなどから、三個の消費貸借契約が成立したものとみるべきではなく、第三回目の振込がされた時点で前二回の振込を統合した一個の五億円の消費貸借契約が成立したものとみるのが相当である。

なお、原告は本件貸付契約が極度貸付である旨主張するが、いわゆる極度貸付とは、一定の極度額を定め、その範囲内で反復継続して貸付をすることが予定されて(一般に消費貸借の予約とみるのが相当である。)、その極度内で個々の貸付金の授受が行われ、その都度個別的に消費貸借契約が成立するものであるところ、原告は主位的請求として元本五億円の一個の消費貸借契約に基づく請求をしているので、右判断は差し支えないものというべきである(因みに、平成元年一〇月二〇日の合意が極度貸付を約したものであるかについては、証人工藤憲弘の証言があるものの、≪証拠省略≫からは認め難く、他にこれを認めるに足る証拠がない)。

2  争点3について

責任限定特約については、被告結城において本人尋問の際これの存在を供述するが、このような特約の締結自体極めて不自然である上、他にこれの存在を窺わせる証拠はなく(かえって、≪証拠省略≫によれば、被告会社は明確に本件貸付金五億円の残債務の存在を肯定し、また原告に対し不動産への担保設定にも応じていることが認められる。)、右特約の存在は認めるに足りない。

3  争点4及び5について

責任限定特約の存在が認めるに足りないことは前認定のとおりであり、原告や新日本証券あるいは住友銀行の関係者から、被告会社が本件口座の預金残高及び原告保管の株券の限度でしか責任を負わない旨の説明をしたことを認めるに足る証拠もない上、前認定のとおり被告会社は明確に本件貸付金五億円の残債務の存在を肯定し、また原告に対し不動産への担保設定にも応じている事実に照らすと、被告会社代表者の錯誤あるいは心裡留保の事実はいずれもこれを認めるに足りない。

4  争点6について

(一)  平成元年一二月二二日に被告会社が本件貸付金元本五億円の弁済提供をしたとの事実は、これを認めるに足る証拠はない(仮に、被告結城本人の供述どおりであったとしても、四〇〇〇万円は被告会社振出の小切手であるというのであるから、特約がない以上債務の本旨に適った提供とみることはできない。)。

(二)  したがって、被告ら主張のとおり、平成二年一月一九日から同四年五月六日にかけて一一回にわたり合計一億〇五五五万八二四九円が被告会社から原告に支払われた事実は当事者間に争いがないが、これは貸付残元金五億円に対する利息・損害金としての支払に充当されるにすぎないものといわざるを得ない。

(三)  原告は、担保として保有していた被告会社名義の株式について、担保権を実行し、その売却代金として六六七八万一〇〇〇円を取得したこと及び東京地方裁判所八王子支部平成五年(ナ)第三四八号債権差押命令事件において第三債務者から三二一万四七一七円を取り立てたことは当事者間に争いがない。

(四)  そこで、右の合計六九九九万五七一七円についてこれを本訴における平成四年五月一日以降の遅延損害金に充当すべきか否かが問題となり、原告は、これを全て本件一部請求以外の残元本四億五〇〇〇万円に対する遅延損害金部分に充当すべきであるとする。

しかしながら、本件貸付契約においては原告に弁済充当についての指定権が存するものであるとはいえ、本件一部請求に関しては全く充当をせず本件訴訟外の残部について関してのみ充当するというのは指定権の濫用ともいえるものであって許されないものというべきである。

よって、本件一部請求と残部との割合に応じ、右六九九九万五七一七円のうち一三三八万円を本件元本五〇〇〇万円に対する平成四年五月一日から同六年三月一七日までの遅延損害金に充当するという原告の予備的充当指定によることとする。

5  以上の次第であるから、五〇〇〇万円及びこれに対する平成六年三月一八日から支払済みまで年一四・六パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 志田博文)

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